江原啓之さんのラジオ番組「おと語り」で、
どこの職場に行っても誰かと誰かの
板挟みに合ってしまうことに悩む方へ、
江原啓之さんがアドバイスされています。

 

 

江原啓之「孤高こそ大事。孤立でも孤独でもない!?」

 

 

私の1番の悩みは、どこの職場に行っても誰かと誰かの板挟みに合ってしまうことです。

 
どっちにもいい顔をしているつもりもないのですが、
ただ人当たりがよく私ならなんでも聞いてもらえそうだと思われるているようなのです。

 

 

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その為、色んな人から多くの人の愚痴を聞かされることが多いのです。
仕事中も退勤後も連絡が来て、
疲弊してしまっています。

 

 

 

そういう方達とは徐々に距離を置いたり対策はしているのですが、
そうすると体調悪いの?など逆に心配されてしまいます。

 

 

 

誰かの敵になるよりは、普通に考えたら、
今の中間役の方がマシなのでしょうが、
どこの会社でも同じ役割になってしまい、
私はどうしたらいいのだろうと思っています。

 

 

 

学生時代、辛いいじめにあっていたこともあり、
人の顔色を読み過ぎてしまったり、
嫌われることを恐れていますが、
いつもニコニコして物分かりのいい子でいるのももう疲れてしまいました。

 

 

 

でもツンとしたとっつきにくい感じでいることもできず。
こんな私にアドバイスをいただけたら嬉しいです。

 

 

 

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江原啓之さんのお答えは!?

 

 

過去の学生時代の出来事というのが、
すごく影響しているのでしょうね。
この部分がなければ、自分だけ悦に入っちゃって、
自慢話かな?と思ってしまう。

 

 

みんなから言われちゃって、聞き役になって辛いんですという自己憐憫かな、と。
けれど過去のことを聞くと、
自分が強くなれないんだろうなと思うんです。

 

 

 

もう一段先にいけば、疲れることは大事なことなんです。
疲れてこそ、責任主体・自律に向かう。

 

ツンとしてとっつきにくい感じでいることもできずというのは極端な考え方になっているような。

 

 

 

愛想良く誰にでもへつらうことと、
ツンとするという二つではない。

 

 

自然体で私、わからないと言うことも大事だし、
それで嫌われても仕方がないという気持ちも大事なこと。

 

 

私が書いた『幸せに生きるひとりの法則(幻冬舎)』という本があるので、
ぜひ読んでいただきたい。

 

 

孤高こそ大事。孤立でも孤独でもない。
孤高な生き方というのは、一番大我で強いのです。

 

 

感想!?

 

 

板挟みの立場は辛そうだと思いました。

 

お仕事終わってからも同僚の愚痴を聞かなきゃいけない相談者さんは精神的にきついだろう思いました。

 

 

人の顔色を伺ってしまっているのは仕方ない部分もあると思いますが、
実際今の生活をしていて体に不調が出てきてしまっているようなので、

 

相手がどう思うかではなく、
自分がどうしたいのかという視点で行動してみたらいいんじゃないかなと思いました。

 

 

孤高な生き方というのは、一番大我で強いらしいので。